strapさんの記事に触発されて関羽(と周倉ネタ)。
strapさんご指摘の通り、『演義』の周倉には
水練達者という設定があります。
もっとも、『演義』では、この回にしか周倉が水中で活躍する話はありません。
結局のところ、何で周倉が水練達者なのかはよく解らない。
これもstrapさんご指摘の通り、周倉は「黒面」と設定されていて、
これは五行説では水にあたるわけですが、
『演義』では龐統(第57回)や南蛮の兵士(第88回)も
「黒面」なので、水との関連性を強調するには弱すぎる
根拠かも知れません。
それに個人的には周倉の容貌ってのは張飛のそれに由来している気がします。
神戸の関帝廟なんかが顕著ですが、
関羽の脇侍、関平と周倉のはずなんですが、
劉備と張飛にも見えなくはない。
少なくとも周倉の黒面というのは、
すぐさま張飛を聯想させるものだと思います。
(明清代の画像などを見ても張飛は黒面で描かれることが
多いようです)
つまり、劉関張の三人という組み合わせがまずあって、
関羽が神格化されてゆく過程で、劉備が関平に、
張飛が周倉にスライドしていったのではなかろうかと。
まだ、思いつきの段階で、全然考証してませんが。
『演義』の古本では呂布の身長は一丈ってことになってます。
(通行本では消失)。
この一丈が果たしてどのくらいの長さなのか、ってのは
(三国時代と明代では同じ一丈でも長さが違うから)
一つの問題だとは思いますが、ひとまず保留。
気になったのは、この「一丈」ってのがどこから出てきたのか、ということ。
『平話』でも呂布の身長は一丈(九尺二寸って箇所もあるけど)に
なっているので『演義』が創作したわけでは無さそう。
まあ、張飛が八尺で関羽が九尺(三寸だったり五寸だったり)なので、
何となく呂布の一丈というのは「ありそうだな」とは思う。
(ちなみに正史ではこの3人については身長の記述はありませんな。
劉備や趙雲はあるし、『演義』に引き継がれているんだけど。)
ただ、「呂布は強いから長身」というのは解らんでは無いにしても、
何で「一丈」なのか。
普通、人間の身長には使わない表現のように思う。
例えば中央研究院の『漢籍電子文献』の
「人文資料庫師生版1.1」を検索してみても、
「身長一丈」は一例もない。
(07年4月17日訂正。5例ほどありました。
具体的な人名を挙げられるのは巨無覇。
『後漢書』などに出来。あと、『続高僧伝』に
「身長一丈」の「神人」が出てきたり)
一丈とおなじ長さである「身長十尺」は幾つかあるが、
堯だの、周文王だの、叔梁紇(孔子の父親)だの、
「明らかに伝説だろ、それ」
というものしか引っかかってこない。
(それを言い出したら呂布も伝説なんだけど)
『演義』には様々なエディションがあること、
そして現在、日本語訳として読めるものは毛綸・毛宗崗父子が
大幅に改変したエディションのみであることは、
以前に指摘しました。
→ 書評 坂口和澄『三国志人物外伝』へ
ただし、様々なエディションがあるとは言え、
それは一つの「原作」から派生したものであることは、
全ての版本研究が前提としています。
現在、これが「原作」だという本は見つかっていないようですが、
それでは、この「原作」は羅貫中が作者だと言えるのでしょうか?
(ここでいう「作者」とは、近代小説のように、その作品について、
材料を集め、自分の文章で書き上げた人間だと思ってください。
これも乱暴な定義ですが)


