南飛烏鵲楼

三国志に特化して再開します(2008.04.09)
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さて、『三国志演義』李卓吾批評本の回目は七字双句に作るけれども、毛宗崗本では対句に改められる……というネタ振りをしたわけですが、よくよく考えると「対句」というものについて説明が必要かも知れません。

Wikipediaだと、この程度の説明だし。↓
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BF%AE%E8%BE%9E%E6%8A%80%E6%B3%95#.E5.AF.BE.E5.8F.A5
[「対句」について]の続きを読む
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前記事はこちら↓
http://taketaturu.blog68.fc2.com/blog-entry-107.html

前記事では「藝」と「芸」、「蟲」と「虫」、「絲」と「糸」を「本来、字音も違う別字なのに、当用漢字制定の際、一字に統合されてしまった」例として挙げましたが、その後、2つほど見つけたので追加。

「缶」は本来、「フ」が字音。字義は「もたい。水・酒などを入れるかめ。また秦代には、これを打楽器として用いた」(角川『新字源』)。

「缶ビール」の「カン」は、本来、「罐」と書く。

「欠」は本来、「ケン」。字義は「あくび」。「欠伸」は、音読みならば「ケツシン」ではなく「ケンシン」と発音せねばならないわけです。

「かける」の義の「ケツ」は、「缺」

ただ、「欠」を「缺」の代替字として用いた例として、三省堂の『全訳漢辞海』には、陸游(1125-1210)の『老学菴筆記』が挙げてあるので、かなり古くから行われていた慣例ではあるらしい。

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この記事の続きです。 → 「氾濫する当て字」

さて、当用漢字の制定目的は、まぎれもなく「漢字制限」にありました。
当用漢字を制定するに当たっての内閣訓令に、

>従来、わが国において用いられる漢字は、その数がはなはだ多く、
>その用いかたも複雑であるために、教育上または社会生活上、
>多くの不便があつた。これを制限することは、国民の生活能率をあげ、
>文化水準を高める上に、資するところが少くない。

出典↓(ただし、旧字は新字に改める)
http://www.aozora.gr.jp/kanji_table/touyoukanji_hyou/

とあることからも一目瞭然です。

一番率直な感想は「敗戦が餘程ショックだったんだね」ですが、それは関係なくて、是非はともかくとして意図は判ります。漢字というものが、文字としては修得困難なものであり、それが字形の複雑さもさることながら、その数に起因しているのも疑いのない事実です。

例えば、中国における識字率というのは、未だに9割とか8割とか言われているわけですが、まあ、日常的に中国語使うだけでも5~6,000の漢字が必要であって、アルファベットでOKとか、ハングルだけでOKとか、書けなくなったら平仮名でOK、みたいなわけに行かない以上、ある意味で仕方がない数字でしょうな。

ので、戦後の日本の場合、漢字制限が必要という話になったわけで、当用漢字の登場と相成ったわけですが、コイツの問題は、「当用」=「まさにもちうべき」=「これしか使っちゃならん」という漢字の癖に、「選定基準がサッパリ判らん」という点にあります。

結果、よく言われる例(というか70年代までの新聞には頻出)ですが、こんな表記が生まれてしまいました。

「女子中学生ら致される」 → 「いたされる」って何?
「経済状況の悪化を危ぐ」 → 「あやぐ」なんて動詞あったっけ?

[交ぜ書きと当て字]の続きを読む
「最も罪深い新字(笑)」の続きです。

 
当用漢字表を眺めていると、略字の後に正字を示している例があることに気づきます。例えば、臼部の「旧」の後には括弧書きで「舊」が置いてあります。基本的には、1略字の後には1正字のようですが、1つだけ例外が。
 辛部の「弁」の後には「辨」「瓣」「辯」の3字が括弧でくくられています。つまり、「弁」という字は、この3字の略字と看做すと指定されているわけです。
 言うまでもなく、「弁」「辨」「瓣」「辯」は(日本語音でも現代中国語音でもほぼ同音ではありますが)すべて別字です。「弁」はかんむりの一種を表す字であり、「辨」は「わきまえる」、「瓣」は「あまねし」「はなびら」、「辯」は「道理を説きあかす」「いいあらそう」「口だっしゃ」等の義です(参考:角川『新字源』)。
 つまり、「弁別」「花弁」「弁護士」の「弁」は、本来、「辨別」「花瓣」「辯護士」と書き分けられるべきであり、これらに対し「弁」を用いるのは「当て字」であり、「弁」本来の字義とは何の関係もありません。言い換えれば、「弁」はもはや表意文字ではなく表音文字として用いられているわけで、「弁別」「花弁」「弁護士」等は、その字面から意味を判断することは不可能な単語ということになります。
 他に「予」「豫」「余」「餘」「台」「臺」も本来別字であり、同音であることに拠り、前者が後者の当て字として用いられています。
 何故、こんな無茶をやったのか。これはひとえに「書きやすさ」に拠るのでしょう。「漢字を表意文字として劣化させる」代わりに「書きやすさ」を優先しているわけです。「弁護士」と書くのと、「辯護士」と書くのとでは結構差があります。手書きであるならば。
 手書きという前提がほとんど崩れている現在において、これらの当て字は「表意文字としての劣化」という弊害のみが残っている現象とも言えます(というわけで、個人的には手書きでない場合は使い分けるように意識しています。それでも間違えるんですが;苦笑)。
 もっとも、当用漢字字体表ではなく、当用漢字表の段階から、この当て字が収録されているということは、かなり昔から用いられている当て字であり、戦後に導入されたものではないわけですが。
 さて、単漢字レベルでの代用ということならば、上記の例でほとんどだと思うのですが、単語レベルになると、また山のように「当て字」が出てきます。(以下、次回)

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正字と俗字、旧字と新字(二)の続きです。

 当用漢字の導入が、「漢字としての字体の不統一」と「漢字を表意記号として劣化させる」事態を招いたと書きました。まず、後者について書いておきたいと思います。
 前回、示したように当用漢字はまず、1946年に字数制限が導入され(この段階でも幾つか略字が認められていますが、同時に旧字体の使用も認められている)、1949年に新字体の導入が行なわれています。この第2段階以降、原則的に(特に法令・公的文書・新聞・雑誌では)新字体のみ使用が認められることになります。

 さて、日本最古の公開図書館として知られる「芸亭」というものがあります。私自身も、高校時代に、日本史の授業で知識として詰め込まれた記憶があります(何年前のことかはさておき)ので、多くの人がご存知かとは思いますが、これは「ゲイテイ」では無く、「ウンテイ」と読みます。
 これは(Wikipediaにも書いてありますが)「芸」という字に「ゲイ」「ウン」という二種類の字音があるわけではなく、「芸」という字はそもそも「ウン」としか読みません(でした)。先述した1949年の当用字体表の導入に拠り、「藝」の新字体が「芸」に定められてしまったため、そもそもあった「芸」と衝突することになっちまったわけです。
 「ウン」なんて音は「芸亭」にしか使わないじゃないか、とおっしゃるかも知れませんが、この「芸」という字、例えば現代中国人の名にもよく使われます。「藝」という字も結構見ます。これの区別が当用漢字字体表ではつかなくなってしまう。これは「劣化」でしょう(実際、現代中国語の簡化字では「藝」は「くさかんむり」の下に「乙」と書き、「芸」とは書きません。字音・字義がそもそも違うので、当然なのですが)。

 字音・字義が違うのに、一字に統一されてしまった例としては、他に「糸」「虫」があります。「糸」は本来「ベキ」と読み、「虫」は「キ」と読みます。今日、これを我々が「シ」「チュウ」と読むのは、「糸」「絲」、が「虫」には「蟲」が、統一されてしまったことに拠ります。
 しかし、この2例については、最初の当用漢字表の段階から許容されている、つまり古くから使用されている例だと思います。しかし「芸」については、1949年の段階で、お上のお達しで急に決められたものであり、「漢字を表意記号として劣化させる」という点で罪深いとは言えるでしょう。
 ただ、「芸(ウン)」の使用頻度を考えれば、さほど大したことではないとも言えます。実は、当用漢字の導入に拠って「当て字」が山程生まれたことの方が餘程問題かも知れません(まだまだ続く)。 → 「氾濫する当て字」

附記:この内容は、(まあどんなことでもそうですが)「知っている人は知っている」内容です。ただ、「知らない人は知らない」のも確かなので、覚書として残しておきます。
              → 08.11.04 追補しました

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