南飛烏鵲楼

三国志に特化して再開します(2008.04.09)
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光文社新書。2006年2月20日初版第1刷。3月20日第5刷。254頁。
個人的評価 B+
封面書影

[竹内薫『99.9%は仮説:思い込みで判断しないための考え方』読了]の続きを読む
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『演義』には様々なエディションがあること、
そして現在、日本語訳として読めるものは毛綸・毛宗崗父子が
大幅に改変したエディションのみであることは、
以前に指摘しました。


   → 書評 坂口和澄『三国志人物外伝』

ただし、様々なエディションがあるとは言え、
それは一つの「原作」から派生したものであることは、
全ての版本研究が前提としています。


現在、これが「原作」だという本は見つかっていないようですが、
それでは、この「原作」は羅貫中が作者だと言えるのでしょうか?
(ここでいう「作者」とは、近代小説のように、その作品について、
材料を集め、自分の文章で書き上げた人間だと思ってください。
これも乱暴な定義ですが)

[『演義』の作者は羅貫中か?]の続きを読む

最初に言い出したのは誰だか知りませんが、
曹操孟徳」のように「諱」と「字」を列記することを
誤りだとする指摘をしばしば見かけます。


最近見た象徴的な事例としては、
単行本の初版では、「曹操孟徳」「劉備玄徳」
と列記していた『蒼天航路』が「クロニクルエディション」では、
修正していることが挙げられます。
(読者の誰かが指摘したんでしょうね)


ただ、あんまり声高に叫ばれると、天邪鬼としては
反論したくなります(笑)


確かに「諱」と「字」は、列記しないのが原則ではありましょうが、
例外は探すと結構みつかります。


例えば、『三国志通俗演義』には、「羅本貫中」という署名があり、
これは「羅」が姓、「本」が諱、「貫中」が字でしょう。


また、よりによって『三国志』蜀書・諸葛亮伝に、


>惟博陵崔州平・潁川徐庶元直与亮友善
>(ただ博陵の崔州平・潁川の徐庶元直のみ亮と友善す)


と見えます。列記することそのものは皆無ではない、ということですね(了)



             → 追記「諱と字について(再整理)」 08.11.02記

   → 雑記目次へ戻る
   → 総目次へ戻る

こんな閑散としたブログにも、
相互リンクを張っていただけることになりました(ありがとうございます)
というわけで、左記のリンクもご訪問ください。


ちなみに「三国志占い」は勝手リンクです。
古くからあり、よく知られたものですが。

三国志のことを知らないと少しつらいですが、
生年月日とかではなくアンケート形式なので、
信憑性がありそうなところが「みそ」ですね(笑)


ちなみに私は「諸葛亮」が出ました。
性格が悪いということでしょうか?


 

さて、唐突なタイトルですが。
「三国志演義を読む」というHPに、こんな記述があったので。


第三回の見どころについて。


>一番の見所は、董卓配下・李粛の説得工作、もっと限定すれば
>呂布との最初の接触シーンにある。呂布の同郷人である李粛は、
>彼を寝返らせるためにその陣営に赴く。一旦は兵士に遮られるが、
>呂布の旧友であることを知らせるとあっさり通される。そして、呂布
>と顔を合わせて最初に言ったセリフが、

>  「おう弟、その後かわりないか」(上 p.27)

>何と、天下の豪傑を「弟」呼ばわり! 大物気取りここに極まり!

>しかもこの男、兄貴分を気取ったくせに
第九回であっさり「弟」に
>処罰されてしまうのだから情けない。


まったくもって仰る通り。
しかし、何故、李粛はこんな偉そうなんでしょうか?
というのが、今回の命題。

[李粛について]の続きを読む
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