南飛烏鵲楼

三国志に特化して再開します(2008.04.09)
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「龐掠四郡」雑劇についての追記です。

 この「龐掠四郡」第4折で張飛と対峙した黄忠が、二将軍、すなわち関羽を出せ、と迫ります。何故なら、関羽とは遺恨が有ると言うんですな。
 これは『平話』にも見られない展開です。『平話』では、魏延、次いで張飛が黄忠と戦うもこれを討ち取れず、関羽が呼び寄せられるというように物語は進みます。
 さて、「龐掠四郡」の黄忠は、当然、関羽との遺恨について語るのですが、この内容がまたとんでもない。井上泰山訳によって該当部分を引用します。

>その昔、拙者は奴と科挙を受けたが、やつめ、日頃から拙者に恨みを懐き、
>御史台に根も葉もない訴状を出して拙者を訴えおった。
>その後自分から逃げたくせに、あべこべに拙者を捕えて二十回の棒叩きに処し、
>この地で数年にわたって拙者を監禁しおった。
>今日こそ一戦交えてくれる。お主は帰れ。拙者は雲長に用があるのじゃ。


 ……ツッコミどころがありすぎて困るんですが(苦笑)。
 三国時代に科挙があるか!(流石に武挙のことでしょうけど。文挙だったら凄いな)」というようなツッコミは野暮でしょうけど(『演義』にも張角が「不第秀才」だった、とか、明らかに科挙を前提に置いている記述があることですし)。
 関羽の極悪人ぶりが目を惹きます。事実だとしたら、言い訳聞かないよなあ。ただ、こんな話は『演義』はおろか、『平話』にすら見えないので、出典は不明です。
 妄想するならば、黄忠を監禁したのは関羽を騙った魏延だった、というはどうでしょうか? 『平話』『演義』とも、黄忠と前後して魏延が劉備陣営に帰順するのですが、「龐掠四郡」では魏延は全く姿を現さない。これでは不審に思われても仕方がない(笑)。
 『演義』では、魏延の容貌は「身長八尺、面如重棗」と表現されます(『演義』毛宗崗本第41回)。関羽が「身長九尺、髯長二尺。面如重棗、脣若塗脂。丹鳳眼、臥蠶眉」(同第1回)ですから、魏延の容貌は関羽と酷似していたことになります(何でこんな設定なのかはやっぱり不明)。つまり、魏延が「オレは関羽だ」と称すると騙される人間が出る可能性がある、と(笑)。で、関羽を騙った魏延が、黄忠を虐めた、と。動機は不明です(笑)。しかし、こんな悪行をしでかしたので、魏延は逃走。ついに劉備陣営に加わることはなかった……(三国雑劇には何故か魏延は出てこない)

 って、この妄想は関羽自身によって否定されてしまうんですが。張飛に、黄忠が自分との対決を求めていることを伝えられた関羽は、

>この老いぼれめ、無礼な。昔の恨みを蒸し返すとは。よし、相手になってやろう
>(這老匹夫無礼。他想旧日之讐、我和他相持去。)


と言っています。やはり黄忠との間には旧怨があったようです。
 ついでに言えば、先程の魏延真犯人説、『平話』や雑劇では、魏延の容貌が関羽に似ていたという設定は出てこないのも難点ですね。(08.10.15初稿)

   → 19「走鳳雛龐掠四郡」へ戻る。
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2009/06/05(金) 16:53:14 | | #[ 編集]
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