南飛烏鵲楼

三国志に特化して再開します(2008.04.09)
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渡邉義浩『諸葛亮孔明―その虚像と実像―』の私的書評の蛇足から派生した記事です。

 この本における表記のルール、すなわち「固有名詞には正字を用いる」(ただし、書中には明確な言明はありません。あくまで私の推測です)と同様の立場を取られる方に坂口和澄氏がいます。
 渡邉氏と異なり、坂口氏は表記のルールについて明言されています。

>本書に登場する歴史上の人名には正字(本字)を用いた。
>敗戦直後の混乱に乗じて一種の愚民政策がまかり通り、
>当用漢字音訓表や当用漢字字体表がろくな討議も経ずに制定され、
>著しく漢字の使用が制約され、かつ略字化が進められた。
舊假名遣ひの廃止とともに、
>これは長年にわたって培われてきた文化を損なう愚挙であろう。

>『三国志』に登場する人名には、たとえば陳とか龐とか、
>滅多にお目にかからない文字もある。これらをそのとおりに記し、
關羽は当用漢字字体表に出てくる文字だからといって関羽とするのが
>はたして正しいだろうか。歴史叙述は、
>その時代を生きた人々への愛情や敬意、あるいは共感を抜きにしては語れない。
>とすれば、人名はその時代に用いられたとおりに表記することが、
>彼らに対して最もふさわしい態度ではないか。
>そう考えて歴史上の人名には正字を用いたが、
>なお遺漏があるかもしれない。読者諸賢の斧正をお願いしたい。
(坂口和澄『三国志群雄録』[徳間文庫、2002年]7頁。下線の部分は原文では傍点)


……何か事実誤認が山程あるような気がするんですが。
 最大の問題は「人名はその時代に用いられたとおりに表記することが、彼らに対して最もふさわしい態度ではないか。そう考えて歴史上の人名には正字を用いた」という部分。
 この方、現行の「正字」が、三国時代から用いられていると思われているようですが、そんなわけはない。現在、正字と言い、旧字と言われる「字体」は、ほとんどが『康熙字典』のものなわけです。その『康熙字典』の成立は康煕55年(1716)。たかだか三百年前の話に過ぎない。しかも、『康熙字典』の字体は伝統的な楷書と一致しないものがかなり含まれているわけです(乱暴に言うと、『康熙字典』に載せるために作り出した字体があるということ)。
 と、なると、「歴史上の人名には正字を用い」ても「人名はその時代に用いられたとおりに表記すること」にはなりません。三国時代に人名がどのような字体で書かれていたか、というのは三国時代の出土品からしか判らないはずです。というわけで、坂口氏の提唱される表記のルールは、思想的には破綻していると言わざるを得ません。
 もっとも、坂口氏の本音は別のところにあるようです。と言うのも、『もう一つの「三國志」―「演義」が語らない異民族との戦い―』(本の泉社、2007年8月)の「あとがき」でも、戦後の新字・新かなの施行(坂口氏に言わせれば「愚民政策」)を糾弾しているのですが、その一方で、本文では人名は新字となっています。
 つまり、坂口氏は「人名はその時代に用いられたとおりに表記することが、彼らに対して最もふさわしい」から正字を用いていたわけではなく、新字・新かなを否定するためのエクスキューズとして、人名に正字を用いていたのでしょう。その裏には、戦前教育、ひいては戦前の美化、戦後の否定という紋切り型の発想があるに過ぎません。
 そして、これがもはや単なるノスタルジーであることは言を俟たないでしょう。皮肉なことに、坂口氏の読者の感想が、そのことを端的に示しています。
 『三國志群雄録』のAmazonのカスタマーレビューに、「地球男児」という方の文章が記載されています。その一節を引きます。

>人名はすべて正字を用いて、「かんう」
>の名前を「關羽」と書いているので、
>この本から正しい人名漢字を知ることが
>できますが、振り仮名を振って欲しいです。
>(弁明のために:一応振っているところも
>ありますが、少なすぎです。見開きページに
>でてくる最初の文字に1カ所は振って
>欲しかったです。)
>読めません。全然読めません。
>上記の理由から、星3つとさせていただきます。

>振り仮名がついていれば、
>星5つ以上です。


 至極真っ当な指摘です。正字を用いている明治・大正期の新聞などを見れば、振り仮名が現在より多用されていることは一目瞭然です。昔の人だって読めなかったんです。だからこそ、新字というものを導入する必要があったわけです。
 じゃあ、新字にすればよい、とすれば当たり前の結論なのですが。実はこの「新字」にも問題があります。(この項続く) → 「正字と俗字、旧字と新字(二)」

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2010/07/02(金) 09:49:50 | | #[ 編集]
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