南飛烏鵲楼

三国志に特化して再開します(2008.04.09)
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10月22日の朝日新聞朝刊「声」欄から。投稿者は30代の女性。

>「ライトノベル 学校に必要か」(9日)を読みました。
>投稿者は、古典文学に親しむ読書家のようですが、
>安易にライトノベルの内容を非難するのは
>筋違いだと思います。
>確かに、表紙や挿絵は、アニメのようなもので、
>名前の通り軽い読み物が多いようですが、
>近年、そのレベルは高まるばかりです。
>文学を目指す作家の登竜門的役割を
>担っているのが現状です。
>今、文壇で活躍なさっているライトノベル出身者で
>直木賞作家の桜庭一樹さんらがいます。
>ライトノベルは、90年代から急速に読者層を広げ、
>現代の若者文化を考える上で無視できなくなり、
>日本児童文学会も未開拓の魅力的な分野として
>注目しています。
>表紙のデザインの体裁などに偏見を持たず、
>幅広い読書ができるよう、望みます。


 この文章について、ライトノベル読者の感想を聞きたい。
 個人的には、既存の権威に拠って権威付けするようになると、そのジャンルは衰退するよ、と言っておきます。

 それはさておき。こういう文章読むと、元の投稿読みたくなるじゃないですか? 私はなった。というわけで、探しましたよ、9日の朝刊。幸い未だ廃品回収には出していなかった。
 「ライトノベル 学校に必要か」というタイトルから、勝手に学校の先生からの投稿だと思っていたのですが、これが14歳の男子中学生だったから、まず驚いた。

>僕には今、心配なことがあります。
>それは、僕の学校で「ライトノベル」という
>ジャンルの小説ばかりを読んでいる生徒が、
>男女を問わずに多くなってきたことです。
>ライトノベルは文庫版サイズが多く、
>表紙などのデザインがアニメ的で
>少女趣味の感じのものが多い。
>僕も読んでみましたが、内容が平易で会話文が多く、
>派手な演出や扇情的描写からマンガに近いと思いました。
>この種の本が学校の図書館でも、たくさん購入されています。
>僕は古典文学が大好きですが、そのような本を
>読んでいる人はほとんどいません。
>良書は、子供にとって成長を支えてくれるものと思います。
>事実、僕も様々な本を読み、とても多くのことを学びました。
>学校の図書館は、人気があるからといってライトノベルを
>安易に増やすのではなく、僕たちの考える材料となり
>感動できる本を集め、親しむことのできる環境を
>つくって欲しいと思います。


 彼には是非、『水滸伝』や『金瓶梅』、ライトノベルも沢山読んでいただいて、古典文学=良書、ライトノベル=悪書などというステレオタイプの思考から抜け出していただきたいものです。

 さて、個人的な見解を云々するために、この二つの文章を紹介したわけではないんです。このライトノベルをめぐる文章を読んでいて、「歴史は繰り返す」という陳腐な感慨にとらわれたので記録しておこうかな、と。

 日本文学でもそうですが、文学には流行のジャンルというのがしばしば登場します。日本文学については具体例が上手く思いつかないので、中国文学にすり替えますが、中国文学史というのは流行とは切っても切り離せない関係にあります。
 有名な漢文唐詩宋詞元曲ということばがあります。
 この8文字で極めて簡潔な中国文学史になっており、漢代は「文(辞賦)」が、唐代は「詩(今体詩)」が、宋代は「詞」が、元代は「曲(散曲)」が、文学の中心ジャンルであったことを示しています。
 「文」「詩」「詞」「曲」のいずれも、乱暴に言ってしまうと、新しい文学ジャンルとして勃興し、急速に発展・洗練されて文学の中心ジャンルとなり、その後は形骸化(というと言い過ぎですが)して縮小再生産に転ずるという流れを持っています。

 まあ、この中国文学の例は極端としても、完成した、言葉を換えると疲弊した文学ジャンルというのは、時代を表現するには、完成している(=型が決まっている)ゆえに力が足りないというのは、一面の真実だと思います。
 「小説」の場合、そもそもが何でもありなので、「小説」というジャンルのなかで変化を摸索するという感じではありますが、その根底にあるのは、「旧来の小説」に対する不満(これも漠然とした言い方ですが)でしょう。
 何が言いたいか、というと文学史という捉え方をした場合、ライトノベルは登場してしかるべき存在であって、それを否定すべき根拠は何もないということ。寧ろ憂えるべきは、現在の爛熟が近い中の衰退を示唆している、ということかも知れませんね。

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コメント
この記事へのコメント
2件のエントリ、たいへんおもしろく拝読させていただきました(未読だったことをお詫び)。

慧眼に恐れ入ります。
三国志故事なぞ、サブカルの題材となり続けて生き残ってきたようなものですからね。

中国だと『平話』・演劇・『演義』・弾詞……
日本だと通俗三国志に始まって、吉川英治・横山光輝(以下略)

結局、キャラクタに負う部分が大きいんでしょうかね。そういう意味で、ライトノベルやゲームとの類似性が高いのも当然かも知れません。

明清の小説なんかを見ていると、キャラクタはすごい魅力的なんだけど、ストーリーがダメダメってのが山程ありますね。

2008/10/27(月) 09:12:05 | URL | たけたつる #-[ 編集]
お久しぶりです。
三十路ながらライトノベル愛読者のオジオンです。

>ライトノベル
定義が難しいですね。一般に「ライトノベル」とされているレーベルから出版されている作品にしても、他の大衆娯楽小説よりも優れた内容のものもあります。近年の直木賞受賞作家の村山由佳や桜庭一樹はもともとライトノベル畑の人間ですし、彼女らと遜色のない筆力を持つライトノベル作家は私が知るだけでも少なくはありません。・・・まぁ、逆に目を覆いたくなるような作品もありますけど(-_-;

>古典=良書
こういう偏見を持つ人は確かにいますね。
私がかつてレビューした『魔法ファンタジーの世界』(脇明子)
http://ogionblog.blog48.fc2.com/blog-entry-249.html#more
も似たようなスタンスで近年のファンタジー作品を「商業主義的」と批判していましたが、とても論証と呼べるものではありませんでした。

中国古典文学作品にしても、キャラクターの配置やストーリーの展開などが近年の日本のポップカルチャー・サブカルチャーの系譜に連なる創作物と驚くほど類似点が多いことも指摘できます。これについては、同じ拙ブログでレビューしました『破壊の女神』(井波律子)をご参照頂けると幸いです
http://ogionblog.blog48.fc2.com/blog-entry-976.html
2008/10/27(月) 01:48:43 | URL | オジオン #-[ 編集]
>ストラップさま

コメントありがとうございます。

実は、私も30代女性へ言いたいことの方が多いです。ライトノベルを純文学への登竜門と位置づけたり、折角の新ジャンルを直木賞なんていう旧来の権利で辯護するとか。
彼女自身がライトノベルを読んでいることに後ろめたさを感じているような気がしてしまいますよね。
2008/10/25(土) 04:42:24 | URL | たけたつる #-[ 編集]
市立の図書館にも多いですよ
僕の知人にも、ライトノベルしか読まない人が何人かいますが……(経験論を一般論にすると怒られそうなので、やっぱり略します)。
ライトノベルが悪いのでは無く、ライトノベルしか読まない事が害悪な訳ですが、十四の文学少年にはそこがはっきりしていないんでしょうね。

小説に限らず、文学に限らず、色々な本を読まないとなぁと、新聞購読していないくせに思いました。

とはいえ僕はどちらかというと、30代女性の投書の方に、違和感を覚えました。
2008/10/24(金) 23:45:06 | URL | ストラップ #91Ng.RCQ[ 編集]
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