南飛烏鵲楼

三国志に特化して再開します(2008.04.09)
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曹植、字は子建。

言わずと知れた曹操の子にして、文帝曹丕の同母弟。初平3年(192)に生まれ、太和6年(232)年逝去。
さて、そんな曹植の事績とはまったく関係なく、今回のネタは、これをどう読むかという話。

まあ、中国人の名前を日本語で発音するのだから、色々と問題があるのは当たり前。最近では、mujinさんのところでこんなエントリがあった。
「思いて学ばざれば」張嶷↓
http://d.hatena.ne.jp/mujin/20081103/p3

曹植については、古来「そうち」か「そうしょく」かの議論があります。一説には東大系は「そうち」、京大系は「そうしょく」と読むそうですが(笑)

まず、高島センセの極論から。
>曹植の「植」はショク(入声職韻)とチ(去声韻)とあり、
>だからソウショクでもソウチでもいいのであるが、わが国の
>習慣によりしばらくソウチとしておく。
(高島俊男『三国志 きらめく群像』[ちくま文庫、2000]p.78)


思わず「わが国」ってのは何処のことだとツッコミたくなりますが、高島センセが東大ご出身であることを勘案して微苦笑するにとどめておきます(微苦笑)。ま、残念ながら光栄の『三国志』シリーズなどを見るにソウショクの方が一般化しているようにも思えます。

ま、それはさておき。

過去に2ちゃんねるで議論が闘わされたこともあるようです。↓
http://www.geocities.jp/sangoku_bungaku/explanations/names_pronunciation.html

結局のところ、字「子建」との絡みで曹植の「植」は「建てる」の義、でその場合、「チ」と読むのか「ショク」と読むのか、という点が問題になるようです。

上のサイトの議論でも指摘されてる通り、『集韻』に拠れば、「建てる」ときは「ショク」、「植える」ときは「チ」になるはずなんですが、同じ宋代の韻書でも『広韻』は異なるみたいで、本当にわけがわからん。

の・で・す・が。

先日、李賀を研究している知り合いから面白い例を紹介されました。
李賀(791-817)は中唐の詩人。参考:李賀-Wikipedia↓
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%8E%E8%B3%80

この李賀に「許公子鄭姫歌」という古詩(楽府かも)があります。
七言二十四句の比較的長いもので、4句ごとに換韻しているのですが、
その末4句は以下の通り。

相如塚上生秋
三秦誰是言情
蛾鬟醉眼拝諸宗
為謁皇孫請曹

赤字で示した「柏」「客」「植」で押韻しているわけですが、『集韻』だと「柏」「客」は入声「陌」の韻。ということは曹植の「植」も入声でなければならず、ならば「チ」ではなく「ショク」。念のため『集韻』を確認すると、「植」の入声音は「陌」韻ではなく「職」韻に入りますが、古詩(あるいは楽府)なので通押するんでしょう。

結論、少なくとも李賀の「許公子鄭姫歌」において「曹植」は「ソウショク」という読みだと認識されている。そして、おそらく今のところ、曹植の読みが確定できる最古の例。

勿論、三国から中唐まで500年以上経っているし、李賀の思い込みという可能性も排除できないので、決定的な証拠にはならないけど、「ソウチ」と読むためにはこれより早い例を持ってくる必要があるのかな、と(了)

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コメント
この記事へのコメント
>殷景仁さま:

はじめまして。
ご教示ありがとうございます。
音韻は中国文学の根幹を成すと認識してはいるものの不勉強です。専門的にご教示くださり感謝いたします。

私の師匠が京大出身でして、学生のときに「植」は「建てる」義のときは「ショク」と読むんだから「ソウショク」であるべきだ、と言っていたのを記憶しています。

その時に東西の違い(笑)に拠ることも認識したのですが、よくよく考えてみたら、師匠の言う如く字義で字音が確定できるのであれば、「ソウチ」という読みが発生するわけがありませんよね。

http://www.h2.dion.ne.jp/~soutenko/333tyu-sei.html
↑こちらでは歴史系は「ソウショク」、文学系は「ソウチ」と読む慣習の存在が指摘されていますね。これがホントだとしたら、「ソウチ」って読むのは東大の中哲・中文系だけってことでしょうか。
2008/11/23(日) 05:37:31 | URL | たけたつる #-[ 編集]
初めまして。

以前、むじんさんのところで、この問題についてコメントしたことがあります。
http://d.hatena.ne.jp/mujin/20070415/p1#c
いくつか適当でない書き方になってますが、ただそれを改めても、やはり「しょく」が自然な発音だと思います。

というのも、中古音での去声と入声の字の一部は、上古音でにおいては発音が非常に接近しており、通押する例がかなり見られるからです。スタロスチン、バクスター、鄭張尚芳などの近年の上古音の研究では、このことについて、入声(韻尾-p,-t,-k)と通押する去声には、入声韻尾(-p,-t,-k)の後ろに更に-s(あるいは-h)が付いていたとすることで説明しています。

三国時代はちょうどこの上古音と中古音の変わり目にあり、去入両者の分離がやはりまだ完全ではなかったようです(実際魏晋南北朝時代の詩や韻文の押韻状況を見てみると、かなり遅い南北朝時代のあたりまで、去入通押するものが見られます)。

このようなことから、おそらく「植」の字は、上古音で言うところの入部に属する音でありながらも、中古音での去声的な発音を許容するところがあり、何らかの要因により、そのブレが去声「ち」として派生したのではないかと推測しています。
というわけで、私としては、どちらでも間違いとは言えないけれど、派生的な「ち」で読むよりは、やはり「そうしょく」と読む方が自然と考えています。もっともあくまで仮説の域をでませんので、参考程度にみてくだされれば幸甚です。

>高島センセの「わが国」
たしかに私の経験から見ても、「そうち」と呼ぶのは、東大系の研究者の方に多い感じがします。そして京大系の先生は「そうしょく」と呼ぶ傾向がある気がします。
2008/11/22(土) 23:21:54 | URL | 殷景仁 #-[ 編集]
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