南飛烏鵲楼

三国志に特化して再開します(2008.04.09)
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再開します。
2.2.3.4 李卓吾批評本と毛宗崗本の回目の比較(第16-20回)

凡例:赤=主語 黄=述語 シアン=目的語 その他=白
   毛本の訓読は井波律子訳に拠る。李本は私訳。

[第16回]
李:呂奉先 轅門     (呂奉先 轅門に戟を射あて)
  曹操    張繡  (曹操 兵を興し張繡を撃つ)
毛:呂奉先   轅門   (呂奉先 戟を轅門に射あて)
  曹孟徳   淯水   (曹孟徳 師を淯水に敗る)
〔毛宗崗本の前半、李卓吾批評本を少し変改して「轅門」と「射戟」を入れ替え。この理由はよく判らない。曹操が曹孟徳になっているのは呂奉先と揃えるため。〕

[第17回]
李:袁術 七路  徐州   (袁術 七路より徐州に下り)
  曹操    袁術  (曹操 兵を会して袁術を撃ち)
毛:袁公路 大起 七軍    (袁公路 大いに七軍を起こし)
  曹孟徳 会合 三将    (曹孟徳 三将を会合す)
〔毛宗崗本で「袁公路」「曹孟徳」と字を用いているのは、字数を七字にするためでしょう。毛宗崗本の前後半の六文字めが、「七」「三」とともに数字になっているのにも注目。対句を作る際の常套技法です。また、李卓吾批評本では「七路」なのが毛宗崗本では「七軍」になっているのは、袁術の字「公路」と「路」の字が被らないようにするため。これも漢詩の技法です。ちなみに毛宗崗本の後半に出てくる「三将」は孫策・劉備・呂布のこと。考えてみると後の魏蜀呉頭領+呂布という超豪華布陣。たかだか袁術相手なのに(笑)。〕

[第18回]
李: 勝負 賈詡    (勝負を決せんとして賈詡 兵を談じ)
  夏侯惇      (夏侯惇 矢を抜きて睛を啖う)
毛:賈文和      (賈文和 敵を料って勝ちを決し)
  夏侯惇      (夏侯惇 矢を抜いて睛を啖う)
〔両者の後半は共通。毛宗崗本は前半を変改して後半と対句にしてます。「夏侯惇」と字数を揃えるために「賈文和」と賈詡の字を持ち出しているのが何か新鮮(笑)。〕

[第19回]
李:呂布 敗走 下邳城    (呂布 破れて下邳城に走げ)
  白門楼   呂布   (白門楼 操 呂布を斬る)
毛:下邳城 曹操     (下邳城に曹操 兵を鏖にし)
  白門楼 呂布     (白門楼に呂布 命を殞す)
〔李卓吾批評本は両方に呂布が出てくる上に、後半は七文字に収めるために曹操のことを「操」一文字で呼ぶなど、エラくバランスの悪い印象です。毛宗崗本はシンプルな対句に成っています。〕

[第20回]
李:曹孟徳 許田  鹿   (曹孟徳 許田に鹿を射)
  董承 密     (董承 密かに衣を受け詔を帯ぶ)
毛:曹阿瞞 許田     (曹阿瞞 許田に打囲し)
  董国舅 内閣     (董国舅 内閣に詔を受く)
〔毛宗崗本の前半、「打囲」は慣習的に「まきがり」と訓じていますが、中国語の構造としてはやはり「打」が動詞、「囲」が目的語でしょう。注目は曹操の呼び方。李卓吾批評本では「曹孟徳」なのに毛宗崗本では「曹阿瞞」となっています。無論、「阿瞞」は曹操の幼名ではあるわけですが、正史裴注に引く「曹瞞伝」という書名が象徴するように、明らかに曹操を揶揄・批判する呼称。これ以降、曹操は回目において「老賊」だの「奸雄」だの散々な呼び方をされることになります。つまり、この回における曹操の行動、すなわちまきがりをした際に献帝の弓を奪って鹿を射当て、勘違いした臣下の献帝への称賛を遮って我が身に受けたことをもって、毛宗崗本は曹操の変節あるいは本性の暴露と看做しているのでしょう。それまでの漢室への忠義面は仮面であり、曹操は紛うことなき「奸雄」だというわけです。〕

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