南飛烏鵲楼

三国志に特化して再開します(2008.04.09)
管理者ページ 
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

刀水書房。2001年10月20日初版第1冊発行。220頁。

著者は1924年生。東大文学部東洋史学科卒業。明治大学名誉教授。
奥付の著作を見るに、魏晋南北朝~唐代の律令制や土地制度が専門と思しい。

帯に拠れば「第一級の歴史家の書いた歴史の本」とのことですが、
厳密には「第一級の歴史家の書いた曹操礼賛の書」というところ。


とにかく偏見に満ちています。
序言などを見るに、演義の劉備・諸葛亮中心視に異を唱えることを目指したそうですが。
まあ、このスタンスそのものが最早「古い」ことは敢えて言うまい。


しかし、「本当に歴史学者ですか?」と言いたくなるくらい史料の扱いが杜撰というか恣意的。
物凄く酷い例を1つだけ。


第四章「官渡の戦いから赤壁の戦いへ」の「3 赤壁の戦い」で
劉備が長坂で敗れたことに言及しています。
この時の劉禅について、作者は、まず魚豢『魏略』(蜀志・後主伝裴註所引)を引き、
劉禅がこのとき劉備とはぐれて奴隷となり、後に再会して太子になった逸話を紹介する。
その後、蜀志・趙雲伝の趙雲が劉禅が護ったという有名な話に言及しています。


……おいおい。陳寿の本文より裴註を先に紹介するか?
しかも、この『魏略』の話は、引用した裴松之本人に、
「虚構である」と手厳しく批判されているのだが、堀氏はそのことには一言も触れない。
劉備ひいては蜀漢に対して悪意を持っていると言われても仕方がないように思いますが。


しかも、肝腎要の史料も誤読していますね。
『魏略』は、劉備が小沛で敗れた時に劉禅ははぐれた、と記すので、
これは徐州攻防戦の時のことなのは明白。
しかし、堀氏は、これを荊州攻防の時だと勘違いしている。


何か論外、って感じですね。特に新しい知見もなく絶対オススメしません。


曹操礼賛の傾向については、別に言いたいことがあるのですが、それはまた後日。



   → 書評目次へ戻る
   → 総目次へ戻る
スポンサーサイト
コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
http://taketaturu.blog68.fc2.com/tb.php/18-ebbafcaf
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
この記事へのトラックバック
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。