南飛烏鵲楼

三国志に特化して再開します(2008.04.09)
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日本文芸社。2001年6月15日第1刷発行。2006年2月25日第15刷発行。259頁。

著者は作家、料理評論家とのこと(奥付より)。『三国志新聞』(日本文芸社、1996年3月)の
編纂に携わっていた記憶があります。監修に元実践女子大学文学部教授の阿部幸夫氏。
出版後、5年で15刷ということは、三国志本としてはかなり売れている方なのでしょう。


いわゆるライターの書いた三国志本としては典型的なものだと言えます。
少し三国志に興味がある初心者が対象なのでしょう。
特定の国に肩入れしない姿勢は、見識が在るとも、平板だとも言えるような。


ただし、時々、事実誤認あり。


>なぜなら、昔の中国においては、女性の人格というものが、ほとんど無視されていたからだ。
>たしかに曹操の正妻のことは、「ベン皇后紀」という伝記になっている。しかし、それはあくまでも
>曹操のお妃で、曹丕の母親だから記載されたのであって、その他に魏の王室以外の女性の伝
>記は正史「三国志」の中に存在していない。あくまで従属物なのだ。(104頁)


前半の内容は、まあその通りだし、結論も間違いないです。ただ、後半の
「魏の王室以外の女性の伝記は正史『三国志』の中に存在していない」
というのは明白な誤り。


『三国志』呉書にはちゃんと「妃嬪伝」がありますし(巻五)、
蜀書にも「二主妃子伝」があります(巻四)。
思うに、蜀呉の皇帝の伝記は「紀」ではなく「伝」になっている(=皇帝扱いではない)というのと
混同しているのではないでしょうか。
いずれにせよ、この部分は記憶に頼って原典を確認することを怠ったことが明らかです。

さて、以下は相当独断が交じるので、ご容赦を。


神保氏や大澤良貴氏に代表される、三国志について積極的に執筆される
ライター陣に特徴的な傾向として、正史偏重という点があげられます。


彼らは、いわゆる専門家とは看做されないのかも知れませんが、
こと正史『三国志』については、非常によく読み研究されています。
そのことは素直に称賛したいと思います。


しかし、例えば、その他の三国志物語については餘りにも知らない場合が多く、
にも関わらず安易に、それらについて言及しています。
たとえば、本書には次のような記述が見えます。


>呂布と貂蟬の恋物語は、もとより『三国志演義』の創作だが、
>元になったエピソードがある。(53頁)


彼の指摘する元のエピソードとは、『三国志』魏書・呂布伝のことでしょうが
(ただし、出典は明示されません)、貂蟬の名は、元代の『三国志平話』において
確認でき、呂布との物語も(演義のそれとは形が異なるとは言え)
同書ですでに語られています。断じて演義の創作ではありません


このような誤りは、彼の正史と演義に対する態度に由来するものなのでしょう。
これについては私論の方で言及します。 → コチラ

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2008/06/04(水) 21:11:30 | | #[ 編集]
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