南飛烏鵲楼

三国志に特化して再開します(2008.04.09)
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さて、唐突なタイトルですが。
「三国志演義を読む」というHPに、こんな記述があったので。


第三回の見どころについて。


>一番の見所は、董卓配下・李粛の説得工作、もっと限定すれば
>呂布との最初の接触シーンにある。呂布の同郷人である李粛は、
>彼を寝返らせるためにその陣営に赴く。一旦は兵士に遮られるが、
>呂布の旧友であることを知らせるとあっさり通される。そして、呂布
>と顔を合わせて最初に言ったセリフが、

>  「おう弟、その後かわりないか」(上 p.27)

>何と、天下の豪傑を「弟」呼ばわり! 大物気取りここに極まり!

>しかもこの男、兄貴分を気取ったくせに
第九回であっさり「弟」に
>処罰されてしまうのだから情けない。


まったくもって仰る通り。
しかし、何故、李粛はこんな偉そうなんでしょうか?
というのが、今回の命題。

これについて、ちゃんとした理由がどうもあるらしい。
ただし、『演義』と正史だけを見ていても判らない、のだそうです。
(以下、以前読んだ論文の受け売りです。ただ、三国志関係の単行本には
知っている限り、収録されていないと思うので、紹介する価値はあるかな?)


周知のように、正史にも李粛は登場しますが、
董卓殺害の際に、呂布に協力したこと、おそらくは董卓殺害の
実行犯であること、その後、牛輔を防ぎに出たこと、
が記されるのみです。


『演義』では、上記「三国志演義を読む」に詳しいですが、
結構、脚色が加わっており、呂布に赤兎馬をもたらしたこと、
呂布に処刑されることなども記されます。


つまり、『演義』の方が李粛の重要度は相対的に高いわけですが、
これが『三国志平話』や雑劇になると、重要度が高いどころの
騒ぎではなくなります。


手許に『平話』の翻訳(二階堂善弘・中川諭訳注)があるので、
そこから引用してみます。


>さて出征当日、董太師は兵五十万あまり、将千人を率いて出陣する。
>左には義子の呂布がいた。呂布は赤兎馬に乗り、身に金の鎧を着け、
>頭にカイ豸の冠をかぶり、一丈二尺ほどの方天戟を使い、戟の上には
>黄幡・豹尾を着ける。歩み速くやってきて、左将軍の位置につく。また
>右には前漢の李広の後裔である李粛がいる。銀の兜を着け、身には
>銀鎖の鎧に白の戦袍をまとい、一丈五尺の倒須悟鉤槍を使い、弓を
>差し挟み矢を持つ。(69頁)


 ……なんとまあ、呂布と併称される武将なんですな。
他に「錦雲堂暗定連環計」雑劇などでも、呂布に協力して
董卓を討ち果たす武将として登場します。


と、なると、『演義』の李粛の尊大さというのも、
まったく理由がないわけではない。
(『演義』では、武勇の描写がないので滑稽なだけですが)


で、次の疑問。


なぜ、『平話』などで李粛が勇猛な武将に描かれるのか?


考えるヒントは、上記引用中に現れる「李広の後裔」
「白の戦袍」にあります。


「李広の後裔」について。


むろん虚構なわけですが、かなり重要な意味があります。
李広は飛将軍と呼ばれた前漢の武将ですが(『史記』李将軍列伝)、
呂布も「飛將」と称されたことが『魏志』呂布伝に見えます。
つまり、呂布は李広のエピゴーネン(という言葉が悪ければ
李広の再来)として同時代の人間に意識されていたわけで、
『平話』では、その呂布の傍らに元祖・飛将の李広の後裔が
配されるという趣向になっているわけですね。


「白の戦袍」について。

中国史上、というか中国文藝史上において、「白袍」と聞いて
真っ先に想起されるのは唐代の薛仁貴という人物です。
日本ではマイナーですが、異民族討伐に大功があり、
正史にも立伝されていますし、『説唐』などの歴史小説でも
活躍します。
んで、この薛仁貴も李広の再来とされるんですね。


整理すると、次のようになります。
李広を元祖とする英雄の「型」というべきものがあり、
後世、呂布と薛仁貴はその型に嵌った人物として
物語が紡がれるようになります。
甚だしい場合は、この二人が対として意識されます。

象徴的なのは、『水滸伝』第35回(100回本)。
宋江と花栄の眼前で、紅い軍装を纏った呂方という人物と、
白い軍装の郭盛という人物が、ともに「方天画戟」を手に
一騎打ちを始めます。
数十合も交えるうちに戟の穂が絡み、ほどけなくなったところを
弓の名手である花栄が射抜き、宋江が仲裁を買って出る。
という話があります。


んで、呂方は渾名を「小温侯」、郭盛は「賽仁貴」と言います。
つまり、呂方は呂布の、郭盛は薛仁貴のエピゴーネンなわけです。
そして、この二人を仲裁した花栄の渾名は「小李広」……


明らかに、この三人の関係性を意図した上での趣向(というか悪戯)が
盛り込まれているわけです。


話を李粛に戻します。
確認したように呂布と薛仁貴は対にされる傾向がはっきりとあり、
中国人に広く親しまれていたと思われます。
しかし、三国時代の物語に薛仁貴を登場させるわけにはゆきません。
けれども、このペアは登場させたい。


そこで、器として選ばれたのが李粛なのでしょう。
つまり、『平話』などの李粛は正史に登場する人物ではありますが、
そのイメージは正史と関係なく、物語世界の薛仁貴のものなわけです。


そして、『演義』は、薛仁貴のイメージは、荒唐無稽であるゆえに
棄ててしまったけれど、残滓は残ってしまった。
それが『演義』の李粛の尊大さにつながっているのでしょう。

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コメント
この記事へのコメント
御礼
>オジオンさま・ストラップさま・曹徳さま

まとめての返信となってしまいますが、ご寛恕ください。
『演義』のおもしろさを再評価していただける方が、
おひとりでも増えれば、何より嬉しいです。
2006/08/06(日) 21:41:53 | URL | 武樹 #-[ 編集]
はじめまして
はじめまして。大変面白く拝見させていただきました。
三国演義は邦訳ですが、ようやく読み始めたばかりです。今日拝見して、物語として見直す面白さを改めて感じました。コーエーマジックから解き放てば面白いと思うんですよね、演義。
2006/08/04(金) 12:45:46 | URL | 曹徳 #mQop/nM.[ 編集]
はじめまして
今回初めて読ませて戴きました。

浅学の為、「薛仁貴」なる人物に注目した事がありませんでした。「白袍」から物語中の「李粛」を読み解かれる慧眼に感心してしまいます。「なるほど」と、膝を打つ思いです。
今まで意味も知らずに「白袍の李粛」と書いていたのが恥ずかしい(汗)

今後も覗かせて戴きますね。
2006/08/04(金) 05:54:22 | URL | ストラップ #NGZdevfQ[ 編集]
なるほど~
>『三國志演義』の「お遊び」
確かに色々と仕掛けがあると思います。関羽と魏延がそっくりさんだったりとか。
しかし、『三國志演義』しか知らないと李広や薛礼との対比までは判りませんね。すごく勉強になりました。
2006/08/03(木) 22:45:49 | URL | オジオン #-[ 編集]
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