南飛烏鵲楼

三国志に特化して再開します(2008.04.09)
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最初に言い出したのは誰だか知りませんが、
曹操孟徳」のように「諱」と「字」を列記することを
誤りだとする指摘をしばしば見かけます。


最近見た象徴的な事例としては、
単行本の初版では、「曹操孟徳」「劉備玄徳」
と列記していた『蒼天航路』が「クロニクルエディション」では、
修正していることが挙げられます。
(読者の誰かが指摘したんでしょうね)


ただ、あんまり声高に叫ばれると、天邪鬼としては
反論したくなります(笑)


確かに「諱」と「字」は、列記しないのが原則ではありましょうが、
例外は探すと結構みつかります。


例えば、『三国志通俗演義』には、「羅本貫中」という署名があり、
これは「羅」が姓、「本」が諱、「貫中」が字でしょう。


また、よりによって『三国志』蜀書・諸葛亮伝に、


>惟博陵崔州平・潁川徐庶元直与亮友善
>(ただ博陵の崔州平・潁川の徐庶元直のみ亮と友善す)


と見えます。列記することそのものは皆無ではない、ということですね(了)



             → 追記「諱と字について(再整理)」 08.11.02記

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コメント
この記事へのコメント
コメントありがとうございます
>臨川庵さま

コメントありがとうございます。
おっしゃる通り、名乗りで姓名字とつづけることは無いでしょうね。
『一騎当千』なんかはギャグとして受け止めておけばよいのかと。
2008/09/06(土) 03:44:56 | URL | たけ #-[ 編集]
はじめまして。
註記が本文に混入するような感じで名と字を列記するケースも書き物の場合はあるかもしれないと思います。
「一騎当千」で登場人物が孫策伯符とか劉備玄徳と名乗ったり呼ばわったりするのはビジュアルのせいもあって凄いもやもやします。
2008/09/03(水) 01:17:33 | URL | 臨川庵 #-[ 編集]
>「曹操」とか「劉備」とかに様をつける方がずっと滑稽ですよね~

仰る通り。ただこだわり出すと、誰のことを言っているのか判らなくなったりもするので、思わず
「劉備様」ってやっちゃうんでしょうな。
まあ、官職で呼ぶのが王道なんでしょうが。
2006/08/11(金) 22:58:23 | URL | 武樹 #-[ 編集]
>諱・字を列記せず
確か『創竜伝』(田中芳樹)で、主人公の誰かが口走っていました。
が、これは飽くまで「呼び名として使わない」だけで、列記して記録される例もありますし、後世の人間が使うには何ら問題がない気がします。
ただ、本当に呼び名とかにこだわれば「曹操」とか「劉備」とかに様をつける方がずっと滑稽ですよね~
2006/08/11(金) 22:24:08 | URL | オジオン #-[ 編集]
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家名と諱に関し,角田文衛氏は,『冷泉家の歴史』において,以下のような所説を述べられている。 足利尊氏とかあるいは徳川家康などと書いた当時の文献はどこにも無いのであります。・・・明治四年までは、その翌年が『壬申戸籍』の出来た年でありますが、明治四年までは家
2008/09/09(火) 06:48:17 | 雑記
南飛烏鵲楼: 餘談「諱と字」より。 http://taketaturu.blog68.fc2.com/blog-entry-33.html#comment41 最初に言い出したのは誰だか知りませんが、 「曹操孟徳」のように「諱」と「字」を列記することを 誤りだとする指摘をしばしば見かけます。 言い出したのは高島俊男氏と
2008/09/07(日) 22:02:35 | 続・東龍庵雑事記
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