南飛烏鵲楼

三国志に特化して再開します(2008.04.09)
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光文社新書。2006年2月20日初版第1刷。3月20日第5刷。254頁。
個人的評価 B+
封面書影

ターゲットは中高生なんでしょうね。
というわけで、それほど「おおっ」と思うようなことが
書いてあるわけではありません。
以下の引用が、本書の主たる主張でしょう。
(ちなみに太字は、本文でも太字になっている箇所です)


>事実はすべて、実は仮説のうえに成り立っているんですね。
「裸の事実」などないのです。
> ということは、データを集める場合も、やっぱりその仮説――
>最初に決めた枠組みがあって、その枠組みのなかでデータを
>解釈するわけです。
> つまり、「はじめに仮説ありき」ということです。(74~75頁)


ついでに、こんな文も引用しておきます。

> ようするに、歴史も文化である以上、「裸の史実」など存在しないのです。
> だって、日本史の一級史料であっても、その書き手がホントのホントに
>事実をそのまま書き写したと検証できますか?
> つまり、歴史はあくまで仮説の集まりであり、真実ではないのです。(156頁)


まあ、当たり前と言えば、当たり前のことなんですけどね。
私(武樹)自身は、
「そもそも言語によって事実を『完璧に』記すことは不可能」
という立場なので、微妙に異なると言えば異なるのですが、
歴史はあくまで仮説の集まりであり、真実ではない」というのは、
その通りだと思います。
急いで附け加えておけば、「だから歴史叙述や歴史研究は無意味だ」
などと言うつもりは毛頭ありません。念のため。


以下は、少し気になった部分。


> 近頃は、子供に短時間で大量の単純計算をさせるような
>教育法が流行っていますよね。そういうことに慣れてしまうと、
>たしかに脳の計算処理能力は上がるでしょうが、いちばん大
>事な「疑問に思う能力」は衰えてしまうと思うのです。(199頁)


これは少し不用意な発言かも。
少なくとも「百ます計算」がどのような仮説に基づいた教育法なのかを、
「理解」した上でのものだとは思われない。
計算処理能力と「1+1=2」を疑う能力というのは、
両立可能なものなのでは?後者はむしろ言語訓練によって
育まれるものだとは思うけれども。
(本書全体を通して、科学哲学の啓蒙を標榜する割には、
言語に対する言及が少なすぎるように思う)


もう一つ。


> 話が通じないのは、お互いがあたりまえの前提と考えている
>複数の仮説が食いちがっているからかもしれません。(中略)
> つまり、話が通じないのは、自分の仮説が相手に通じていない
ということです。また、相手の仮説を自分が理解していないと
いうことでもあるのです。
> だとしたら、喧嘩になるまえに、いま一度、「この人は、どんな
>仮説の世界に生きているんだろう?」という具合に相手の心を
>読んでみればいいのです。(226頁)


相手もそう考えてくれればいいんですが。
自分だけがこう思ったら、ほぼ100%喧嘩・議論に負けるでしょう。
皆、それが(無意識的かも知れないが)解っているからこそ、
ひたすら自分の価値観を押し付けるのでは。


自分が高校の教員だったら、生徒に推薦するかも、
というレベルの書籍。(了)

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コメント
この記事へのコメント
若い人は読んだ本をついついそのまま信じてしまう傾向があるから、
それに警鐘を鳴らすという意味の本でもあるんでしょうね。
それと最近喧しい日本の歴史の問題についても。
2006/08/13(日) 01:43:22 | URL | みみ #-[ 編集]
>ストラップさん
論理的思考力をどう養成するか、というのが現代日本の初等・中等教育の大きな課題ですね。
一番手っ取り早いのは、大学受験をその能力を測定するような形態にすることだと思ってます。

>オジオンさん
>必ず言語化に伴う変換ミスが起こっているはずです。
>それにいろいろと屁理屈を付け加えて妄想を逞しくするのが私のような、素人歴史ファンの歴史の楽しみ方です


オジオンさんの見識が一般的なものになれば、
私みたいな天邪鬼も住みやすくなるのですが。
2006/08/11(金) 23:07:33 | URL | 武樹 #-[ 編集]
>基礎学力と「考える力」
「考える力」ってのは確かに重要ですが、四則計算とか漢字学習などの基礎学力の涵養なしに「考える力」は育ちませんからね。育てようにも、「知的好奇心」とか「論理的な思考の楽しさ」ってのを理解させることは出来ないでしょうし。
>史実=事実ではない
そう、史書に書かれていることが「史実」
文章で記録されたり、言語化したりすることで、伝わる「事実」の一つです。だから、必ず言語化に伴う変換ミスが起こっているはずです。それにいろいろと屁理屈を付け加えて妄想を逞しくするのが私のような、素人歴史ファンの歴史の楽しみ方です
2006/08/11(金) 22:19:39 | URL | オジオン #-[ 編集]
計算問題
この書物のいうところの危惧とは違うかも知れませんが‥‥‥数学を計算問題だと勘違いしている人は、学生に限らず多いと思いますね。試験問題に式があれば、問題文も読まずに解き始める人は多いと思います。
もし問題文が、「以下の式を計算するな」だったらどうするの?という様なwまぁ、今の日本の中学、高校でこんな問題を出す教員がいたら、「ふざけている」と保護者達から大バッシングを受けるでしょうが。

でも矢張り、問題文の読解は、数学理解の大事な要素だと思います。多くの場合、問題を読解して、正しく式を立て、計算を行なう、という三手順で成り立っていますから。
数学は本来哲学の一種なんですから、計算だけ出来れば良いというものでは無いよ、と僕は思うんですよね。無論、計算は基礎ですから、これが出来ないのも話しに成らないのですが。
2006/08/11(金) 18:09:44 | URL | ストラップ #NGZdevfQ[ 編集]
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