南飛烏鵲楼

三国志に特化して再開します(2008.04.09)
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というわけで続きです(前項はこちら)。


唐突にクイズから。


「『三国志演義』の登場人物中、
最も背が高いのは誰でしょう?」





答えは、


司馬昭が司馬炎を世子に立てた際、
襄武県に現れた「長人」。


登場は『演義』第119回。
「身長三丈餘」だと記述されている。
(古本の場合、通行本では「二丈餘」)
彼は「天下が泰平になる」という予言
(無論、魏から晋への王朝交代を暗示)
をするわけですが、実は『晋書』武帝紀に
登場する由緒正しい存在だったりします。


ちゃんとした(?)登場人物として最も長身は、
烏戈国王の兀突骨(『演義』第90回)。
通行本では「二丈」、古本では「丈二」すなわち
一丈二尺であるとされます。
こちらは先の「長人」とは異なり、架空の人物ですが。


呂布の一丈はこれに継ぐ長身です。
同じ「身長一丈」としては西羌の越吉元帥がいます。
ただし、彼も呂布と同様、通行本では
身長についての記述は削除。


さて、「長人」は正史に記述があるので措くとして、
「呂布」「兀突骨」「越吉」と並べて、共通点を探すとすると、
「異民族あるいはそれに準ずる」ということでしょうか。


「兀突骨」「越吉」はまぎれもない異民族(非漢民族)ですし、
呂布の出身地である五原郡九原というのも国境地帯です。
つまり、漢民族にとっての「異人」である彼らを象徴する
記号として「一丈」「二丈」という並はずれた
(というかほとんど人間とは思えない)身長が与えられた、
という推測は可能でしょう。


ただ、呂布については出身地のみで「異民族に準ずる」と
断定するのにやや抵抗もあります。
『演義』あるいはそれに先行するテキストで、
彼の出身地がそれほど問題にされているとは思えないので。


更に別の要因が考えられるのかも知れません(まだ続く)。

   → 呂布の身長(三続)

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