南飛烏鵲楼

三国志に特化して再開します(2008.04.09)
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えらく間があきましたが、呂布の身長の続きです。
ちなみに前項はこちら → その1 その2


さて、『演義』の呂布の身長が何で一丈なのか。
まあ、適当に書いてみたっていうのが真相かも知れませんが、
こんな考え方もできるかなというのを一つ。


前にも書きましたが、『演義』通行本では
呂布の身長についての言及はありません。


なんですが、呂布と「一丈」がまったく無関係かと言うと、
そうでもない。

『演義』第9回で、董卓が入朝しようとすると、
一人の道士が両端に「口」という字を書いた布を
押し立てているのに行き会います。
周知の通り、この布は「呂布」の名を示し、
ひいては董卓が呂布に殺されることを暗示しているわけですが、
この布の長さが「一丈」なんですな。

この布のエピソードの原型は、
すでに正史『三国志』魏書・董卓伝裴注の引く『英雄記』に見えるので、
エピソードそのものは『演義』の創作なんぞではないのですが、
『英雄記』には布の長さについての言及はありません。


ただ、『演義』以前から、この布の長さが一丈だったのも確かです。


雑劇に「錦雲堂美女連環記」というのがあります。
題名からも想像がつきますが、呂布と貂蟬の話です。
その第二折で、蔡邕が次のようにしゃべります。


> その布の長さが、どうして九尺でもなく、また一丈一尺でもなく、
> きっかり一丈だったかと言えば、董卓の命数が極まって後が無
> く、間もなく死ぬことを表しているのです。布の両端の二つの口
> を重ねると呂の字になるではありませんか。つまり、呂布の二字
> ができます。丞相殿、董卓はここ数日中に必ず呂布の手にかか
> って死ぬでしょう。


このセリフから2つのことが判ります。
一つは『演義』以前から布の長さが「一丈」とされていたこと、
もう一つは「一丈」というのが極めてキリのいい数字であることです
(まあ、当たり前と言えば当たり前ですが)。


ここから先は憶測です。
当時(元明代)、布は一丈という単位で取引されることが多かったのかも知れません。

だとすれば、呂布の身長が一丈というのは、
呂「布」という彼の名前からくる聯想……というか、
ダジャレみたいなものだったのでは知れませんな。


引っ張った割に腰砕けの結論でスミマセン。(了)

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コメント
この記事へのコメント
そもそも
「両端に口と書いた布」が遊びみたいなものですし、真相かもしれませんね。

西遊記ではそういうの多いですよ。
2007/05/07(月) 23:12:57 | URL | ストラップ #-[ 編集]
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