南飛烏鵲楼

三国志に特化して再開します(2008.04.09)
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三国志ものを中心に、と言っている割に、ちっとも言及しないのも何なので。
ぼちぼちと書いていこうかと思います。


さて、三国志と言った場合、ついてまわるのが、演義(小説)と歴史書という問題。
もっと、ぶっちゃけて言うと、「演義は小説だから、正史にのっとっていない」
「演義は史実ではない」挙句の果てに「演義は間違っている」etc・・・・


例えば、こんな文章があります。


>孔明や劉備の活躍する『三国志演義』はおもしろ
>いが、小説であって事実ではない。学者が史実を
>正確に書くと少々むつかしいが、“事実は小説より
>奇なり”というとおり、小説よりはるかにおもしろい。
>これは第一級の歴史家の本。
    堀敏一『曹操-三国志の真の主人公』(刀水書房、2001年10月)帯の惹句


……文学研究者は学者と認められないらしい。
まあ、帯の宣伝文句にケチをつけても仕方がないのですが、
割とストレートに「史実至上主義」(筆者命名)が出ている文章だとは思います。


で、素朴な疑問。
「事実ってそんなにエラいの?」


いや、価値観としては解りますよ。
史実の追究が歴史学にとって必要不可欠な作業なのも解ります。
しかし、こと三国志の場合、この「史実至上主義」が、三国志にまつわる
もの言いを貧しくしている気がするのですよ。

大体、日本人(まあ中国人もそうですが)は演義によって三国志を知るわけです。
(実は、演義そのものら入る人は以外と少ないんでしょうが、
吉川英治の『三国志』から始まって、光栄の『真・三国無双』に至るまで
演義の直接的・間接的影響から脱しているものがほとんど無いので、
初めて触れる三国志は演義系であると断言していいと思います。
陳舜臣の『秘本三国志』とか例外はありますが)


んで、そこから三国志にハマって、色々な三国志に手を出すわけです。
で、最終的に正史に至る、と。で、ここでそれまでの価値観をひっくり返されてしまう。


何せ諸葛亮について「軍事的才能に缺ける」とかはっきり書いてあるんですから、
これはインパクトがあります。しかも「正史」と来たもんだ。
「これが正しいんだ」と認識するのは、むしろ理の当然とさえ言える。


結果、演義が「誤答」、正史が「正答」みたいな錯覚に陥るわけです。


正史が「正しい」のか、ということはひとまず措きましょう。
ここで問題にしたいのは、正史を鵜呑みにすることは演義を信じる行為と、
どれほど違うんですか、ということです。
(実際には正史を鵜呑みにすることは難しいんですけどね。
例えば、赤壁の戦いについての魏書・武帝紀と呉書・周瑜伝のように
本文中での矛盾はよくありますし。裴注を含めれば尚更です。)


……私には「大同小異」に思えます。
たった一冊の本を絶対視するなんて詰まらないと思いませんか。
極端に言うと「新興宗教」ですよ。

んで、提案。観点を変えましょう。
正史と演義の違いについて、「演義は間違っている」で終わらせるんじゃなくて、
「正史と演義とでは、何故このように違っているのか」を考えてみよう、
というのが当ブログの趣旨です。えらく長くなりましたが、ひとまずここまで。


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コメント
この記事へのコメント
たけさんi-185遊びにきまちたぁe-312  これからも沢山鈴鹿でお会い出来る事を楽しみにしていますぅ またHPにも遊びに来て下さいねぇ
2006/06/01(木) 15:52:55 | URL | 山本 絢子 #-[ 編集]
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