南飛烏鵲楼

三国志に特化して再開します(2008.04.09)
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 477-505頁掲載。

 貂蝉をめぐる議論というのは、ここ最近『演義』研究の一つのトレンドになっているようで、
特に、関羽が貂蝉を斬るという演劇をめぐる論文が幾つか発表されています
(『論集』に収録されている大塚先生の論文など、「関羽が貂蝉を斬るのはなぜか」
というそのものズバリのタイトルです)。
 この問題について議論される際、まず注目される点として、『演義』とは異なり、
『平話』や雑劇では、元来、呂布の妻として設定されていることがあります。
二人は戦乱で離れ離れになり、貂蝉は王允に庇護され、「連環計」に「利用」されるわけです。
 『演義』の貂蝉が広く知られているがゆえに、『平話』や雑劇のこの設定は「新鮮」であり、
貂蝉の最期と合わせて様々な議論を喚起するのだと思います。
 ただし、その際、『演義』の貂蝉が何故呂布の「妻」では無くなったのか、という点は
等閑視されてきたような印象があります
(勿論、貂蝉関係の論文を全部読んだわけではありませんが)。
 つまり、『演義』に先行するテキストに注目するあまり、『演義』が等閑視されるという、
日本における正史と『演義』の関係と似たような関係が存在していたわけです。
 仙石氏の論文は、正しくこの等閑視されていた点に注目したものであり、
『演義』の貂蝉は何故妻では無く、王允の歌伎となったかの説明を試みています。
 その結論は、歌伎となることで、『演義』の貂蝉は、
夫以外の男性に体を汚されるという「不貞」を犯さずに済み、
加えて、自らの身を投げ出して王允という育ての親に報いたという
「孝」を成し遂げることができたというものです。
 卓見だと思います。
 これを聞いてしまうと、『演義』の貂蝉像の改変理由としては、
他に考えつくのが難しいくらいです。

 以下、三国志とは餘り絡まない話。
 著者の仙石氏は、巻末の執筆者紹介を見る限り、
『三国志演義』一辺倒の人というわけでは無く、
所謂女性史研究、広い意味でのフェミニズム研究に属する方のようです。
 率直に言って、フェミニズム研究には偏見を持っておりますが、
この論文で、仙石氏は明代の族譜などを用いて、
当時の女性に対して期待される「貞」や「孝」について明らかにした上で、
貂蝉像の分析を試みられており、
非常に堅実かつ説得力のある論考となっていると感じました。
個人的な偏見が払拭されたわけではありませんが、
フェミニズム研究というだけで敬遠してはいけないなぁと自戒。
(08.09.17記)


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