南飛烏鵲楼

三国志に特化して再開します(2008.04.09)
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 こんなものを見つけました。

 第60回日本中国学会大会なるものが、10月11・12日と京都大学で開催されるそうです。

      → 大会プログラム

 その中で、12日の午前中の第2部会(文学・語学)にて、こんな発表が……

2―7 龐統の仕官をめぐる故事について (10時30分〜11時)
                          吉永 壮介(慶応大学)


著作権に触れてしまうかも知れませんが、発表要旨を以下に全文引用。

>鳳雛こと龐統は、諸葛亮と並び称され、劉備に仕えた後漢末の名士として
>よく知られている。その主な事績は『三国志』『世説新語』等に見られ、人材
>の鑑定と育成に努め、経学と応変の策謀に長じると評された。しかし後代の
>『三国志平話』や雑劇「走鳳雛龐掠四郡」では、龐統は四郡の反乱を扇動す
>る首謀者として、正史とは全く異なる相貌で登場する。
>龐統は、宋代には鹿頭関の「白馬廟」に祀られていたことが地誌等に散見さ
>れるが、民間に伝播した物語を正確に跡付けることは難しい。しかし「南州冠
>冕」「抜十失五」「不治免官」「非百里才」「驥足」「阿誰」等の故事は、庾信を
>はじめ多くの詩文で取り上げられ、類書にも数多く拾われている。また宋代に
>は、龐統の功罪を史論として論じるのとは別に、仕官をめぐる「非百里才」「驥
>足」を典故に含む詩文が数多く残されている。そしてそれらの多くが、通判との
>詩文の贈答や、啓、墓誌銘等に用いられている点が際立っている。耒陽の県
>令を免官され、「治中や別駕の任こそ相応しい」と評された龐統の経歴が、同
>じく官僚・地方官たる人々の栄達、遇不遇について述べる際に恰好の表現と
>して重宝されたのである。その典故の伝播を促す媒体として、各種の類書の
>他に『四六標準』『橘山四六』『壺山四六』等の諸書に注目したい。官僚必須
>の四六文は職官にまつわる故事を数多く収録しており、また模範例文集とし
>ての実用性とも相俟って、龐統の仕官にまつわるイメ―ジを定着させる役を果
>たしたと考えられる。そのイメ―ジは、『冊府元亀』等の類書が拾った傅巽の
>「半英雄」という龐統評とともに、雑劇に見られる仕官をめぐる誇張された騒
>動のリアリティ―を支える要素となったものと思われる。
>本発表では、史実とはかけ離れた龐統像が形成された要因の一端を探り、
>あわせて類書や実用書の類が人物像の変遷に与えた影響について考察し
>たい。


 京大か……行って行けないことは無いな。
 類書は、『三国志演義』をめぐる議論であまり扱われないので、結構興味あり。一般来聴可能なのかしら?
 もしも、聴きに行けたら感想UPします。 → 行ってきました

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