南飛烏鵲楼

三国志に特化して再開します(2008.04.09)
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 この記事は、mujinさんのこのエントリ(というかコメント欄でのやりとり)に触発されております。

 ちなみに書評の本体はコチラ

 さて、『諸葛亮孔明―その虚像と実像―』では、固有名詞に所謂「旧字」を用いています。引用した部分でも陳「壽」と三「國」志となっていることからも判ります。固有名詞以外は新字ですので、三国時代の第2字は、「国」になります。
 渡邉氏が、どのような意図でこのように書くかは、本文中に言及がないため不明です(何らかの思想はあるのだと思いますが)。ですから、固有名詞に旧字を用いることの是非は、ここでは考えないことにします。
 問題にしたいのは、「固有名詞を旧字にしたいらしいんだけど、なっていない」という点です。
 まず、確認しておかなければならないのは、旧字・正字・本字、まあ言い方は色々ありますが、原則的に、現代日本では『康熙字典』の字体を、旧字と考えていること。
 例えば、本書において、関羽は「關羽」と表記されます。だけど、旧字にするんだったら、「羽」ではなくて「翊」から「立」を除いた形にしなければならない。諸葛亮の「諸」だって、「日」の上に点があるべきですが「諸」のままです。
 無論、著者である渡邉氏が、字体の不統一に気がついていないはずがなく、出版社との関係等々で、この形になっているのでしょう(因みに、同じく渡邉義浩『三国政権の構造と「名士」』では、キッチリ旧字に統一されています)。
 しかし、結果的に『諸葛亮孔明』においては、「固有名詞に用いられる漢字の中、字体が新字と旧字で派手に違うもののみ新字にする」という、物凄く中途半端な基準が用いられていることになります。 これは流石に意味がないのでは、と思った次第。

 旧字・新字については、別に思うことがあるので、改めて述べてみたいと思っています。

                  → 派生記事「正字と俗字、旧字と新字」


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