南飛烏鵲楼

三国志に特化して再開します(2008.04.09)
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19 走鳳雛龐掠四郡

題目 諸葛亮智排五虎
正名 走鳳雛龐掠四郡
簡名 龐掠四郡

雑感
 ……何というか、もう荒唐無稽とかいうのも超越した話ですな。元ネタは恐らく『三国志平話』でしょう。『平話』の「龐掠四郡」についてはmujinさんの、このエントリに詳しいです。
 ただ、ディテールはかなり違っていて、これはなかなか面白い考察対象になりそうな気がします。黄忠の重要性が雑劇だとかなり低下しているのが一番の違いかな。それと、四郡の太守が正史というか、『演義』とほぼ一致していること(金全の「全」は「旋」と、劉鐸の「鐸」は「度」と音通でしょう)。
 後者の現象は、この雑劇が『演義』成立後に修訂されていることを示唆しているのかも知れません。古くから正史と一致しているのなら、『平話』で人名や郡との組み合わせが無茶苦茶になっている説明がつかなくなるので。話の大筋は『平話』を踏襲しているので、雑劇の原型は『演義』に先行する可能性も高いですが。

第1折 
  〔正末〕龐統  〔冲末〕周瑜(領卒子)  〔その他〕甘寧 淩統 諸葛亮(領卒子) 関羽  

 時間設定は赤壁後。荊州を返還しない劉備に業を煮やした周瑜は、巴郡に出兵。これは無論、その中途にある荊州を攻略せんためであった。しかし、(おそらくは諸葛亮の計により)病を発し、身動きが取れなくなってしまう。そこにフラリと龐統が現れる。
 龐統は江東には諸葛亮に比肩する才能が居ないことを嘲り、周瑜もまもなく死ぬであろうことを予言する。最初は龐統の言に激怒した周瑜であったが、その非凡を悟り、自らの死を隠匿するよう依頼する。龐統はその願いを聴き容れ、将星が墜ちることを阻止。まもなく周瑜は死ぬ。
 甘寧・淩統は、龐統とともに周瑜の屍を守り帰還の途に着く。一方、諸葛亮は全てを見抜き、呉軍を待ち受けて周瑜を悼む言葉を贈る。そして、もし江東で重用されねば我が陣営に来るよう、龐統に勧めるのであった。

楔子 
  〔正末〕龐統(領道僮) 〔その他〕魯粛(領卒子)

 龐統は周瑜の書を携えて魯粛に面会するが、その際、号である鳳雛を名乗らず、字である士元を名乗る。そのため、魯粛はこれを騙りであると思い、とりあえず丹陽県令に着けようとする。この待遇に怒った龐統は荊州に向かう。

第2折
  〔正末〕龐統(領道僮)  〔その他〕簡雍(領卒子)

 荊州に来た龐統は簡雍と面会する。しかし、やはり鳳雛を名乗らなかったために侮られ、耒陽県尹(県令?)とされる。怒った龐統は腹に一物を蔵して任地へ向かう。

第3折
  〔正末〕龐統(領道僮)  〔[冫爭]〕金全(領卒子?) 龐直(領張千)
  〔その他〕黄忠 簡雍 張飛 諸葛亮(領卒子) 関羽 趙雲 劉封 首将

 武陵太守金全は黄忠を派遣して、龐統を軍師に迎えようとする。一方、簡雍は龐統が政務を顧みないのを怒り、張飛を派遣してこれを処罰するよう決定する。
 さて、耒陽の主簿を務める龐直は、龐統が政務を顧みないのにかこつけ、県令の印綬を龐統から譲り受け、私腹を肥やそうと画策する。龐統はあっさりと印綬を渡し、県令の位も譲ってしまう。しかし、そこに乗り込んできたのは張飛、有頂天になって県令を名乗った龐直を有無を言わせず斬ってしまう。張飛退場後、黄忠に要請を受け、龐統は四郡の軍師を引き受ける。
 その頃、諸葛亮は曹操と一戦交えるべく出兵していたが、龐統の来訪を予知し帰還してくる。簡雍が張飛に龐統を斬りに行かせたと聞いて慌てるものの、そこへ戻ってきた張飛から事情を聞いてこれは偽物だと見破る。そこへ、龐統を軍師として四郡が攻め寄せてきたとの報告が入る。
 諸葛亮は、長沙の韓玄には関羽を、桂陽の趙範には趙雲を、武陵の金全には劉封を、零陵の劉鐸には張飛を当てる。
 劉封は黄忠と遭遇し敗走。その報告を受けた諸葛亮は張飛と趙雲を黄忠に差し向け、自らは関羽とともに劉封の救援に向かう。

第4折
  〔正末〕龐統
  〔その他〕黄忠 張飛 趙雲 劉封 諸葛亮(領卒子) 関羽 金全 簡雍
   

 龐統・黄忠に対し、張飛・趙雲・劉封が対戦。黄忠は関羽との対戦を要求。その際、黄忠と関羽の因縁が語られる。怒った張飛は黄忠に攻めかかるが、龐統の術によって陣中から抜け出せなくなってしまう。趙雲・劉封の懇願により龐統は術を解き、やっとのことで張飛は脱出する。そこへ諸葛亮と関羽が到着。諸葛亮は龐統に非礼を詫びる。龐統はまた黄忠を関羽と対戦させる。その結果、黄忠は関羽の武勇を認め、龐統は更に諸葛亮の才能を称賛し、黄忠に対して、自らの主君である金全と劉備を比較してどうかと尋ねる。黄忠は、劉備の器を認め、己が主君を嘆く。しかし、黄忠は、投降したいと思っても手柄がないことを憂える
 そこで龐統は一計を授け、金全の眼前で関羽と黄忠を戦わせる。敗走した黄忠は金全に報告すると見せかけてこれを捉え、龐統とともに諸葛亮に投降する。その際、龐統は、この騒ぎがそもそも劉備に四郡を与えるためであったと述懐する。投降してき龐統を受け入れた諸葛亮は軍師の印綬を譲ろうとし、龐統はこれを固辞するが、諸葛亮は無理矢理これを受けさせる。最後に簡雍が現れ、改めて物語の顛末を述べ、団円となる。(08.10.14 初稿)

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